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甲子園の土を持ち帰る理由には感動のエピソードが隠されていた!

あまり野球に詳しくない私でも、甲子園ときくと高校野球を連想してしまいます!

春休み・夏休みになると放送される高校野球が大好きな人も多いと思いますので、今や風物詩と言ってもいいぐらいです。

友人の1人が高校野球好きで、真夏の暑い中で高校球児が頑張ってる姿を見ると勇気がもらえると言っていました!
私は、甲子園で負けた選手たちが、泣きながら甲子園の土を袋に入れて持ち帰るシーンがすごく印象的です。

ただそのシーンを見ていて、負けた選手が甲子園の土を持って帰る理由が何かあるのかな?とすごく疑問に思ったので、調べてみました!

調べてみると、最初に甲子園の土を持ち帰ったのは、あの大物野球選手だったこともわかりましたよ(^^)

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甲子園の土を持って帰る理由

甲子園の土を持って帰る理由は、やはり記念に持って帰る後輩へのバトンがあります。

ただ、一言に「記念」と言っても高校球児それぞれに思いがあるようで、それが実に興味深いので、見ていきましょう!

  1. 甲子園に出場できた記念
  2. 甲子園で負けた悔しさを忘れないため
  3. 一緒に頑張った部員のため
  4. 母校のグラウンドに撒くため
  5. 後輩のために持ち帰る
  6. 「来年また甲子園に戻ってくる」気持ちを思い出すため

 

甲子園に出場できた記念

甲子園に出場できた記念に土を持ち帰るのは、すごく共感しやすいですよね(^^)

そう簡単には出場できない甲子園に出場できたわけですし、高校3年間の頑張りが、甲子園という1つの形になったわけですから、何か記念として手元に置いておきたい気持ちすごくわかりますね!

甲子園球場の土は販売されていませんので、出場した選手にしか持ち帰ることができない一生の宝ですね!

甲子園の負けた悔しさを忘れないため

甲子園で負けた悔しさを忘れないために持ち帰る高校球児もいるようで、その土を見る度に悔しさを思い出し、練習へのカテにするのでしょうね!
この姿は想像するだけでも、かっこいいですね(^^)

3年生にとっては、甲子園の土を見るたびに、高校3年間の野球で頑張った自分を思い出し、受験を乗り越えていくんでしょうね!

一緒に頑張ってきた部員のため

一緒に頑張った部員のために持ち帰る心優しい高校球児もいます。
甲子園に出場できることになっても、グラウンドに立てるのはレギュラーや控えを含めて限られています。

甲子園の土は踏めなかったけど、3年間ともに頑張った同じ野球部員のために、持って帰る泣けることをする球児もいるんですね。

母校のグランドに撒く・後輩のため

甲子園から持ち帰った甲子園の土を母校のグラウンドに撒いたり後輩のために持ち帰る高校球児もいます!

これは、後輩たちに甲子園での「優勝」という夢を託す(たくす)ために、先輩が母校のグラウンド撒くようです。
また、後輩のために甲子園の土を持ち帰る先輩がいるとは、なんて後輩への思いなんでしょうか!

「来年また甲子園に戻ってくる」気持ちを思い出すため

「来年また甲子園に戻ってくる」気持ちを思い出すために甲子園の土を持って帰るのは、主に1年生や2年生のエピソードです。

また甲子園に戻ってくるために、ツライ練習を耐え抜こうという意気込みでもあります。

こうして甲子園の土を持って帰る理由だけ見てみても、さまざまな高校球児の思いがあって、非常におもしろいですね(^—^)

 

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そもそも土を持って帰ってもいいの?

そもそも甲子園の土を持って帰っていいのって思いませんか?

実は、甲子園球場の所有者である阪神電気鉄道も高野連も、甲子園の土を持って帰ってもOKというのは、公に発表していません

実は、黙認されている状況なんですね!

出場する学校の野球部の判断に任せられているというのが本当のところ!

春の甲子園では、また夏に戻ってくるチャンスがあるので、持ち帰る高校球児は少ないですが、夏の甲子園で負けると、そこで引退となるので、記念に土を持って帰る高校球児が多いです。

公に土を持って帰ってOKとはなっていませんが、そこを黙認している阪神電気鉄道株式会社も高野連も懐(ふところ)が大きいですね(^^)

 

いつから持ち帰るようになったの?

・甲子園の土を初めて持ち帰った人
 川上 哲治 (1937年、夏の23回大会)という説があります。

※引用:阪神甲子園球場HP

阪神甲子園球場のホームページを見ると、このような記載があります。

実際のところは、甲子園球場側も把握出来ていないようですが、有力な説です!

エピソードとしては、1937年に行われた甲子園大会の決勝戦で川上哲治さんが負けた悔しさから、甲子園の土をポケットに入れて持ち帰ったのが、最初と言われています。

しかし、後に川上哲治さんの長男は、甲子園の土を持ち帰っていないということも言われているので、真相が定かではありません。

実は、川上哲治さんが最初に持ち帰ったという説以外に、もう2つの説があります。

  1. 1946年大会で、準決勝に敗れた東京高等師範付属中の監督が、最上級生以外の選手達に各ポジションの土を手ぬぐいに包んで持ち帰らせた説
  2. 1949年の大会で、優勝候補で小倉北高エースの福島一雄さんが、同じように土をポケットに入れて持ち帰った説

 

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甲子園の土はどこから来るの?

甲子園の土は、グラウンド整備を手がけている阪神園芸さんが販売されている混合土です。

混合土とは、黒土と白砂をブレンドしたものです。

  • 園芸用にも使われている「黒土」
  • 水はけがいいと言われている「白砂」

黒土は、当初は岡山県の丘陵地である日本原から集めていました。
現在は、岡山県日本原・三重県鈴鹿市・鹿児島県鹿屋・大分県大野郡三重町・鳥取県大山などの土をブレンドにしています。

ただ、毎年決まっているわけではないようです。

白砂は、当初は球場近くの香櫨園の砂浜から集めていましたが、現在は中国の福建省から運ばれています。

甲子園の土は年間で約2トンも出ていくと言われているので、多くの選手が甲子園の土を持ち帰っていることがわかる一方で、                                          

グランド整備を手がけている阪神園芸さんは混合土を色々な場所から集める大変さもわかります。

また、甲子園球場の黒土と砂の割合は、春は雨が多いので砂を多めに、夏はボールを見やすくするために黒土を多くブレンドされています。

担当者の方の経験と技術によって、甲子園の土が出来上がっていることを思う裏方にも感動のドラマがありますね(^^)

 

甲子園の土を持ち帰らない高校球児もいる?

せっかく甲子園の出場したのに、甲子園の土を持って帰らない高校球児もいます!

それは、2つのケースが考えられます。

  • 1年生・2年生の野球部員
  • 春のセンバツ高校野球

1年生や2年生の場合は、来年も甲子園に戻ってくるという強い意気込みを持っているため、持ち帰らないんですね。

来年も甲子園に行かなければ、甲子園の土を持ち帰ることができません。「来年も甲子園にするんだ!」という意気込みです。

春のセンバツ高校野球の場合は、夏にもう一度チャンスがあるので、夏の大会に戻ってくるんだ!という思いから、持って帰らないそうです。

どちらにしても、もう一度甲子園に出場するんだ!という高校球児の熱い思いが、そこにはありますね(^^)

 

持ち帰った甲子園の土はどうしているの?

甲子園の土を持って帰ってから、多くの高校球児は母校のグランドに撒くようです。

母校のグラウンドに巻くことで、また甲子園の土を踏めるというゲン担ぎになっていたり、感謝の意味も込められているのと同時に、もう一度甲子園へという強い意味が込められていると言われています。

甲子園に出場した記念に、ビンに入れて大切に保管している球児もいます。

また、感謝の気持ちを込めて、両親や知人、友人にくばるという場合もあるようです。

記念として持ち帰った甲子園の土は、グラウンドに巻くエピソードが、これまでの感謝の気持ちと後輩たちの今後の目標のためを思うと感動しますね。

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まとめ

甲子園の土を持ち帰る理由は、6つあります。

  1. 甲子園に出場できた記念
  2. 甲子園で負けた悔しさを忘れないため
  3. 一緒に頑張った部員のため
  4. 母校のグラウンドに撒くため
  5. 後輩のために持ち帰る
  6. 「来年また甲子園に戻ってくる」気持ちを思い出すため

さまざまな高校球児のエピソードがあって、今後の甲子園大会を見るのが楽しみになりますね(^^)

色々調べてみて、打撃の神様川上哲治氏の話であったり、阪神園芸の話であったり、よりいっそう興味をもつこととなりました!

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